地下空間へ光を導く都市住宅「The Sunken Retreat」|建築と一体でつくる光の設計

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地下空間へ光を導く都市住宅「The Sunken Retreat」|建築と一体でつくる光の設計

都市の中で、十分な自然光を確保することが難しい敷地において、光の設計は住まいの質を大きく左右する。
今回紹介するプロジェクト「The Sunken Retreat(ザ・サンクン・リトリート)※」では、北向きの傾斜地という条件を起点に、断面構成によって内部に光と居場所を生み出し、「渓谷」のような空間体験を実現。
本計画では、自然光だけに依存できない環境で、光の不足を補うのではなく、光環境そのものを設計するという考え方が採られている。
本プロジェクトを指揮した建築家の伊原孝則氏に、空間構成と照明設計の考え方を伺った。

※The Sunken Retreatとは、建築家・伊原孝則氏が設計した、東京都心に建つ鉄筋コンクリート造の注文住宅のプロジェクト。傾斜地という難条件を活かし、地下階を自然の渓谷のように心地よい隠れ家(リトリート)空間として演出した。

FEDL(株式会社ファーイースト・デザイン・ラボ)
伊原 孝則氏
 

■渓谷のイメージから導かれた空間コンセプト

1Fリビングから見た多目的室(撮影:鳥村鋼一 ) 階段(撮影:鳥村鋼一 )

DNL:The Sunken Retreatのプロジェクトは、敷地条件や施主からのご要望も含めて、どのような考え方からスタートされたのでしょうか。

伊原 孝則氏(以下、伊原):施主の方からは、まずこの敷地が傾斜地であるということと、しかも北向きの傾斜になっているので、南側からの光が入りづらい、だから家の中が暗くならないようにしてほしい、というのが大きなご要望でした。

実際、この敷地は都心の住宅街にあるかなり特殊な環境でした。敷地の東側には大規模なマンション、西側の斜面にはアパート、道路側の隣には3階建ての住宅が建っていて自然光を確保するのが難しかったのです。

DNL:そうした敷地条件の中で、どのようにコンセプトを固め、空間をつくっていったのでしょうか。

伊原:外部に大きく開口を設けにくい敷地条件の中で、いかに建物の中に明るさや抜けをつくるかが、この計画の出発点となっています。
吹き抜けやトップライトを活用しながら、建物内部に光を導き、空間同士をつなぐ構成を採用しました。
また、傾斜地という条件に対しては、一度に大きく掘削するのではなく、段階的に掘り進めることで施工性に配慮しながら、地下空間を含めた立体的な構成を実現しています。

DNL:そうした構成が、空間のコンセプトにもつながっているのでしょうか。

伊原:そうですね。断面的な広がりによって、傾斜の限られた敷地の中でも、上から下へと多様な空間が連続していくような構成をつくっています。
上の方は自然光もあり、健康的な空間ですが、下に行くほど仄(ほの)暗く、落ち着きを増していきます。例えば、夏場だと下の方は少しひんやりとした感覚があって、上とはまた違う居場所になるんですよね。
そういう体験を考えていくなかで、都市の中に「渓谷」のような空間をつくる、というイメージにつながっていきました。

■断面でつくる空間構成と自然光・緩衝空間の設計

The Sunken Retreat The Sunken Retreat 断面図(図面提供:FEDL)

DNL:渓谷のようなコンセプトを、どのように空間として構成されていますか。

伊原:この建物は、断面で空間をつくっているのが特徴です。
地下・中間・上階の3層を半層ずつずらしながら連続させ、上階には光の入りやすい空間を配置しています。

DNL:自然光の取り入れ方や空間のつながりについて教えてください。

伊原:リビングには、段々に上がっていく法面の庭に面する窓、トップライト、屋上庭園が見えるハイサイドの開口があり、時間とともに変化し一日の移り変わりや季節を感じられます。
明るい上層から落ち着いた下層へと光が段階的に変化し、建物全体に「渓谷」のような奥行きが生まれています。

1Fリビングから見た多目的室(撮影:鳥村鋼一 ) 1Fリビングから見た多目的室(撮影:鳥村鋼一 )

■光とともに設計された温熱・通気のしくみ

DNL:地下空間を取り入れるうえで、温熱環境や湿気についてはどのように考えられたのでしょうか。

伊原:一番問題になるのは、やはり地下の湿度ですね。コンクリートの場合、出来上がってから2〜3年は水蒸気が蒸散し続けるので、夏は床下のピットで空気を集めて排気し、冬は蓄熱式の暖房機を設置し湿度をコントロールしています。
この建物は中央の吹き抜けで全体がつながっているので、暖かい空気はどんどん上に上がっていって、一番高いトップライトのところに集まります。それをトップライトの脇に設けたスリットで回収して、地下まで戻すような循環をつくっています。高低差のある建物全体で空気を循環し温度差をできるだけなくすイメージです。

The Sunken Retreat The Sunken Retreat 暖気循環システム 断面図(図面提供:FEDL)

The Sunken Retreat The Sunken Retreat 冷気循環システム 断面図(図面提供:FEDL)

DNL:冬場の寒さについてはどのように対応されていますか。

伊原:地下は1年中ある深度以上になると外気温にかかわらず安定した温度なので、その特性も活かしながら、床暖房やエアコン、空気の循環などを組み合わせて、家全体の温度差ができるかぎり小さくなるようにしています。
全館を均一な空調空間にするというよりも、その場所や生活に即した環境に整える感じです。

DNL: 運用面はどうでしょうか。

伊原:一番意識しているのは、シンプルにすることです。難しいシステムにしてしまうと、住む人が使わなくなってしまうこともあると思っています。気づいたらカビていた、ということにならないようにその人に合った方法でコントロールすることが大切です。

DNL:夏場は逆にどのような考え方になりますか。

伊原:夏は冷気は下に落ちていくので、それを活かした上で、先ほどの空気の循環システムを逆回転で作動することで下にたまる冷気と地下の自然な冷気を上階に循環させます。一方でリビングの上一方でリビングの上にたまる熱気はトップライトから排出することで、家全体の温められた空気が滞留しないようにしています。
地下というのは地上とは全く違う環境が生まれる場所なので、空間としてネガティブに捉えるのではなくて、積極的に使うことで、住宅のあり方も現代の生活や気候に合うような進化のひとつのあり方になると思えるプロジェクトになりました。

■地下空間の使い方と照明による空間のつくり方

自然の光(写真提供:FEDL)

DNL:地下空間については、どのような使い方や設計を考えられているのでしょうか。

伊原:地下に関しては、逆に「地下のメリットを生かした空間をつくりたい。」と考えました。
照明計画がとても重要で、照明を消してしまうと真っ暗な空間になりますが、それも含めて、地上ではつくれないような優位な環境にする意図があります。
照明の位置、光の量を1つ1つ考えていきながら、この空間自体の輪郭を浮かび上がらせるような光のあり方を生かす素材が決まっていきました。

DNL:具体的には、どのような使い方を想定されていますか。

伊原:一番奥はゲストルームとして使う想定で、布団を敷いて休める空間になっています。

1Fリビングから見た多目的室(撮影:鳥村鋼一 ) 1Fリビングから見た多目的室(撮影:鳥村鋼一 )

地下の光源は主に間接照明を調光できるようにしています。
地下居室で昼間から点光源が灯っていると、暗い場所であることが強調されるので、面が発光しているようなイメージで壁面が明るくなるように計画しました。
また、この地下空間はオーディオを楽しむためのスペースとして音響にも配慮した設計になっています。

B1F オーディオルーム(撮影:鳥村鋼一) B1F オーディオルーム(撮影:鳥村鋼一)


外部からの影響が少なく、音や光をコントロールしやすい環境の特性を活かした使い方ですね。
このような空間において、照明は単に明るさを確保するためのものではなく、暗さをコントロールしながら、空間の質を決定づける装置として機能します。
適材適所で使い分けていくことで、建物全体として豊かな居場所が生まれるように工夫しています。

LEDモジュール XC-LED2
LEDモジュール XC-LED2


■暮らしに寄り添う照明設計と色温度の考え方

リビング(撮影:鳥村鋼一) リビング(撮影:鳥村鋼一)


DNL:
照明設計においては、どのような考え方を大切にされているのかを教えてください。

伊原:住宅では、基本的に2700Kをベースに考えることが多いです。今回の建物でも3000Kを使っている部分はありますが、ほとんどは2700Kにしています。
色温度が高くなるほど光は白くなり、空間としては少し覚醒するような印象になり、一方で、色温度が低くなるほど、リラックスできる方向に働くと捉えていますが、その一つの目安として、2700Kと3000Kのあたりを境に考えることが多いですね。

DNL:色温度の選定は、施主の方とも共有されていますか。

伊原:はい、実際に光を見ていただきながら決めています。
ライン照明、点光源、面光源など、それぞれで光の見え方がどう違うのか、机の上に落ちる光の色がどう感じられるのか、といったことも含めて確認していただいています。必ずしも2700Kでなければということではなく、その空間での感じ方を共有するために光の質の共有も重要だと思っています。

DNL:住宅の照明計画で、特に意識されていることは何でしょうか。

伊原:住宅照明でよくある失敗は、「暗い」と言われるケースなんですが、それは単純に光が足りないというよりも、その場所に合った光環境になっていないことが原因だと思っています。
それぞれの空間に適した光のあり方や配光が整っていれば、同じ明るさでも「暗い」とは感じないはずなんです。なので、どれくらいの明るさかということ以上に、その場所を使う方にとって適切な光環境になっているかを重視しています。


■空間に溶け込む光を実現する器具選定と設計手法

インナーテラス(撮影:鳥村鋼一) インナーテラス(撮影:鳥村鋼一)

MC-LED4 S
           LEDモジュール MC-LED4 S


DNL:
今回の計画では、照明の器具選定についてどのように検討されたのでしょうか。

伊原:今回の照明プランでは、光源を建築化するためにまずはどれだけ小さく納まるかという点を重視しました。
一般的な器具だと、クリップをネジで固定することで位置が決まってしまい、施工後の調整が難しくなってしまうこともあります。一方で今回は、構造体との相性も含めて、施工後にも位置や向きを細かく調整できる納まりにできたため、光でつくる空間を現場で確認しながら決めることができました。
面を照らす部分は光の出方が非常に繊細で、位置が少し変わるだけでも印象が大きく変わるため、調整性と納まりの自由度を重視してマグネットで固定可能なコンパクトな器具を選定しています。

DNL:施工や納まりの面でも工夫されているのでしょうか。

伊原:器具が小さくなった分、かなり狭い場所にも納められるようになっているんですが、その分、施工の難易度は上がっています。実際にはモックアップで確認を行いながら、施工が可能かどうかを確認していくことが多いです。
電気工事の方とも相談しながら、施工に必要な最低限のスペース、例えば「指が2本入るか」といったレベルで検討しています。そうした積み重ねで光の空間が成立していきます。

DNL:器具の進化によって、照明設計の考え方にも変化はありますか。

伊原:ラインや面で自然な光をつくることができるようになったことで、照明のあり方自体が変わってきていると感じています。今はできるだけ光源を意識させず、空間の中に溶け込み、人に意識させない光をつくる事も可能になりました。
例えば地下空間でも木陰のような心地よさをどうつくるかということなど、幅広い光の考え方が重要になっていくと考えています。


■調光がつくる光環境と住宅照明のこれから

DNL:今回の住宅では調光も取り入れられていますが、使い方や今後の可能性についてはどのようにお考えですか。

伊原:調光を考えるときに重要なのは、最初にどの照度を基準に設定するかだと思っています。例えば将来的に視力が落ちることを心配して過剰に灯数を増やしておいて、調光で調整すれば良いという考え方だとインテリアにも影響があり、コストもかかってしまいます。
「今の自分にとって必要な明るさ」を基準に最低限の調光でコントロールし、スタンドタイプの間接照明や手元を照らす器具をインテリアとして追加していくことで、無理のない光環境とインテリア空間をつくることができます。
基本は今お話しした通りですが、照明は一律に決めるものではなくて、その人その人に合わせてカスタマイズされていって良い自由なものだと思っています。全館ライティングコントロールシステムで制御する事もありますし、キラキラした光の演出が楽しめる場所を設計する事もあります。一方で住み始めてから照明器具が増えていくことも自然なことですし、その変化も含めて住まいの光環境が家とともに育っていくイメージですね。

■光とともに育つ住まい

階段(撮影:鳥村鋼一)

LEDモジュール MC-LED4 S

DNL:今回の計画は、制約の多い敷地条件を起点に、空間構成や光のあり方まで含めて考えられたプロジェクトだったのですね。

伊原:そうですね。自然の「渓谷」に倣うことにしたのも、都市の中に快適な家をつくる難しさが全部集まっているような厳しい環境の敷地だったのですが、それを反転する方法を考え、消去法で考えたらそうなったというのが正直なところです。それをやりきったことで、この空間が実現できたのかなと思っています。
照明バリエーションが増えた事でイメージする空間を実現できるようになったことが、今の照明計画の面白さだと思うんです。
自然光がある時間とない時間、その両方をどう演出するのかという事がこれからの住宅ではより大事になってくるのかなと思っています。

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