次世代照明セミナーレポート1「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」開発の背景、照明計画含む最終コンセプトができるまで」
次世代照明セミナー「空間の価値を高める これからの照明づくり」レポート1
「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」開発の背景、照明計画含む最終コンセプトができるまで。
登壇者:照明デザイナー 有限会社スタイルマテック 松本浩作 氏
清水建設株式会社 設計本部 商業・複合施設設計部 石谷貴行 氏
場所:ブリーゼタワー 小ホール(大阪)
(左:松本浩作氏、右:石谷貴行氏)
インバウンド需要に応じたホテルや商業施設の作り方、働き方改革によるオフィスの在り方などは、次世代型の社会共存や共有のカタチによって変化しています。消費や保有より心地よい体験を重視するニーズが高まる中、空間づくりに求められる役割はより高まり、国籍や習慣、文化の多様性、自由な働き方、ダイバーシティなど、これからの時代に価値観に合う空間の中で、照明が担う役割もますます増しています。
このような中、DNライティングでは大阪に照明実験空間を開設する運びとなりました。それを記念し、去る2月14日に大阪では第一回となる次世代照明セミナーを開催いたしました。関西の照明デザイン界のトップランナー、スタイルマテックの松本浩作氏と、清水建設株式会社 設計本部 商業・複合施設設計部 石谷貴行氏をお迎えし、昨夏に開業した「ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ」での事例をメインに、「空間の価値を高めるこれからの照明づくり」について大いに語っていただきました。お二人のトークセッションをレポートします。
目次
1.シンガポールの商業施設、横浜・豊洲のプロジェクトなどの近作の照明プラン
2.ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ プロジェクトの開発背景
3.アプローチ、エントランス
4.池、エントランス
5.最終コンセプト
1.シンガポールの商業施設、横浜・豊洲のオフィスビルなど近作の照明プラン
石谷:まず最初に、私が関与させていただいた最近のプロジェクトの照明についていくつかご紹介します。
事例1)268オーチャードロード(シンガポール) 照明デザイン:LPA 面出 薫 氏
https://www.shimz.co.jp/shimzdesign/works/2014orchard.html
シンガポール最大の繁華街、オーチャード通りに建つ商業施設のプロジェクトです。外観はセットバックしながら連なる3つの柱・梁のないガラスボックス、内側はぐるぐると連続的に積層した段々畑状のスラブが特長の建物です。照明デザインは、建物の特長を強調するため早い段階からガラスボックスとスラブの色温度を時間によって別々にすることが決定。Polish the Architectural design with lightingをコンセプトに、ガラスボックスは特に内側からガラスの結節点にも照明をあて、建物設計者側が当初、想定していなかった幻想的な広がりが生まれました。照明デザイナーと建築設計が早い段階から打ち合わせて磨きをかけ、空間の価値だけに止まらず都市空間の価値が高まったのではないでしょうか。
事例2)横浜野村ビル 照明デザイン:ライトデザイン 東海林 弘靖氏
https://www.shimz.co.jp/shimzdesign/works/2017yokohamanomura.html
こちらは、明暗の帯が1階のエントランスホールにあるのが特長の建物です。照明デザインは、サーカディアンリズム(概日リズム)の考えを取り入れました。色温度が手前入り口から2800Kで始まり、奥のエレベーターホールへ近くに連れて5000Kと変わり、色温度の違う光のシャワーを浴びて徐々に身体を起こしていく仕組みにしました。仕事の単位時間当たりの効率アップにとどまらず、パフォーマンスが向上する身体のリズムにアプローチした照明づくりをした点がポイントとなっています。
事例3)豊洲キュービックガーデン 照明デザイン:ICE 武石 正宣氏
https://www.shimz.co.jp/shimzdesign/works/2011toyosu.html
造船所跡地の再開発として、豊洲特有の特性を活かした唯一無二のオフィス開発プロジェクトでした。サイコロ状の形と、建物中央に物思いにふけったり、リフレッシュしたり、同僚とランチなど様々に使われることを想定した屋内・屋外の共用空間を象徴的に設けた建物です。共用空間の照明デザインは、グレアレスな光で包みつつ風景を眺められること、都市空間の風景に特異点を形成するため個性ある建物の特長を強調するデザインとなっています。エントランスホールは、仕事へ赴くビジネスマンに誇りを持ってもらう願いを込め、威厳ある趣になるよう暗さを大切にして光をつくり上げました。
2.ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパ プロジェクトの背景
石谷:それでは、ANAインターコンチネンタル別府リゾート&スパという今日の本題についてお話をさせていただきたいと思います。昨年8月1日にオープン。この建物は大分県別府市にあり、標高およそ300メートルの小高い山の上に立っておりまして、別府湾と別府市街地全域が一望できるという最高のビューを享受できるロケーションになっています。建物は大きく3つでできています、真ん中が実は改修棟で、両サイドを新築で挟むというような構成です。客室数は89室、4階建ての建物です。
正面の建物が既存改修の部分で、レストランですとか、エントランスですとかの共用部を内包しています。左上の写真にありますが、もともとここは某IT企業の研修施設でした。天井の中の配管空調の数なんかも全然違うので、通常研修施設をラグジュアリーホテルに変えるっていうのはコンバージョンとして難易度が高いんですけど、社会的ストックを有効活用しようというメッセージとして、という意図もあり、それにあえて取り組んだというわけです。
このクライアントの背景についても少し触れます。別府は温泉数、湧出量ともに日本一。源泉数でいうと世界一を誇る温泉都市です。ここが先般のラグビーワールドカップの主要開催都市、キャンプ地に決定したというのを受けて、IHG、インターコンチネンタルホテルグループを誘致したと。IHGは14くらいのブランドを持っているんですけど、インターコンチネンタルホテルグループのグループ名になっているくらいの旗艦ブランドになります。大分県初の外資系ラグジュアリーホテルで、IHGとしても世界初となる温泉リゾートということで華々しくスタートするホテルになります。
このプロジェクトにどんな組織が絡んだかですが、ホテルのプロジェクトにおいてはグレードが高くなればなるほど関わるコンサルタントの数も増えていく傾向が顕著なんですけれど、このプロジェクトについては施設オーナーの東京センチュリーさん、ホテル経営者のGHSさんを筆頭に、実に様々なコンサルタントがひしめき合いながらつくっていく、みたいなことになりました。これから今日ご案内していく話は、その中で建築設計者と照明デザイナーが何を思い、何を実現したかみたいなことをご紹介させていただきたいと思っています。
3.アプローチ、エントランス
石谷:では、ホテルのアプローチから始めますが、ホテルの顔でありますので、しつらえが大切です。高級車でゆったりと旋回できるスペースだったり、横づけできるものだったり、このホテルのホスピタリティをデザインに表現する必要があることは共通の要素でありますが、それと同時にホテルに込めた設計上の思いみたいなものを込めるべき対象であるかなと思います。
高台にあるというだけでなくて、こんな風に別府の湯煙のような特異な風景が見られる。300mということで別府湾の湿気を含んだ雲が立ち込めて、ときどき雲海上に立つような風景まで見られるので、「雲上の楽園」と言ってるんですけど、その外と中をどうつなげていくか。夜景をどう見せるか、というのも一つのテーマでした。
そんなことを念頭に入れていただきながら、これからの松本さんの話を聞いていただければと思います。では、ここからは松本さんにバトンタッチをさせていただきます。
松本:今もろもろご紹介いただきました石谷さんは、海外での経験も豊富でして、今回IHGグループにかかわるに際して英語も堪能ですし実施設計に関しては、ワールドワイドな目線からも、様々なコメントをいただいたりしています。
今日のテーマは「空間の価値を高めるこれからの照明」ということですが、これに対して我々なりにはすでに答えを出していて、実は「配慮」という言葉。この2文字の言葉でまとめたいと思っています。いかに誰にどういう配慮をしたか、ファイブスターホテルですから、当然お客様に対する配慮というのはあるんですけど、我々照明デザイナーが、たとえば石谷さんの立場、インテリアデザインは橋本夕紀夫さんの事務所でまとめていただいたんですけれども、インテリアデザイナーに対する配慮、施工者に対する配慮っていうものもありますので、そういうことを踏まえて、様々な配慮というテーマでこれから聞いていただけるといいかな。・・・と思っています。
(資料1)(資料2)
さきほど石谷さんからご紹介ありました冒頭のアプローチのスケッチがこれなんですけど、もともとここに既存棟の建物がありました。どちらかというとオフィスの研修施設ということだったものですから、中のオフィスっぽいものをどうやってラグジュアリーホテルに見せるかっていうことで、建築の基本計画をされたフリークス小菊さんの方から『大きな庇(ひさし)をつくって、なんとなくオフィスっぽいファサードを隠したい』という話がありました。当時僕の方から提案した、「ここからこういう光を当ててこういう風にみせますよ」、という一番初めのスケッチ(資料1)です。結果こういう風(資料2)に出来上がるわけですが、この完成までのストーリーを今からお話していきます。
(資料3)
(資料4)
庇のデザインなんですけど、今回のプロジェクトは実施設計というフェーズ(Phase)は確かにあったんですが、それと平行して現場で詳細設計されていっているというような状況のプロジェクトで、さっき冒頭にお話がありましたけれど、ラグビーワールドカップの開催までに絶対に完成オープンさせなくてはいけないという使命感があったものですから、その点、時間が非常に短いというところで、その都度都度決めていった内容がこれです。(資料3)清水建設さんの方で出てきた図面に対して、私の方で「こうしていきますよ」というのをそれぞれお出ししていくということになりました。ここでいうならば、この庇の見せ方とウェルカムマット、それから明かりになる壁面とサイドの壁面をどうするか。当初は奥の壁面を照らすのに、中に仕込みたかったんですけど、なかなか防水の問題で無理だということで、もしくはどちらか、上に載せて壁を照らしたいというような話をしていった経緯がここにあります。(資料4)現場とのやりとりの中で、ここにこうやって付けられないかとスケッチでお渡ししながら、上に照明器具乗っけてとか、配線どうするみたいな話とかも含めて検討した内容がこれです。
(資料5)
そして、施工図に置き換える段階で弊社の方でお出ししたプロットがこれなんですけれども(資料5)実は、随時設計が変わっている状態が常でして、そこをどうやって追っかけていくかっていうのも今回の課題でした。
(資料6)
(資料7)
(資料8)
(資料9)
(資料10)
次にご紹介するのが、いわゆるフレームのデザインをいかにきれいにみせるかっていうところなんですが、私共は「光をとにかく広げればいいんじゃないの?」っていうところで検討したんですが、幅350で構造体が中にあるのに、どうやって仕込むか。これは私の当初のスケッチなんですけれど、(資料6)真ん中に350パイの柱があります。その周辺を400角前後で括った中、非常に小さなスポットを仕込んで庇を照らしていくということでやりとりをしたんですけれども(資料7)、後はここのBOXの中の照明をつくって、柱の中にポトッと落とすという提案したのですが、その現場とのやりとりをしていた内容がこれです。(資料8)近年はメールでいろいろやりとりできるので、PDFにいろんな人が色違いのペンでいろいろコメント書いてます。僕が赤で書いてますが、青が清水建設、等いろんな人がかかわってやりとりをした経緯になります。(資料9)ここでは、非常にタイトな、175の中に3本のスポットを入れていくというようなことをしました。最後に現場とやりとりしたのがこちらです。(資料10)後ほども出てきますけど、今回共通して、非常に狭小な場所に照明器具を納めないと、収まらないということがありました。
(資料11)
弊社の方で一応原寸の1/4の模型をつくって、どのくらい光が本当に散るかということも内々に実験をして、できあがったものがこれです。(資料11)このプロジェクトに対しては、いかに完成度を高くするかということについて随分我々も気を配りました。照明デザイナーとして、我々の仕事にもいろいろやり方はあるんですが、今回のプロジェクトは、ホテルにおいてのほぼフルスコープの契約をしておりましたので、何から何までやります的な部分があって、そちらも今日ご紹介ができるかと思います。
4.池、エントランス
(資料12)
(資料12)続いてもエントランスなんですけど、今度は池です。池をどう見せるかというところですが、池の水の見せ方には2つしかないと思っていて、1つは「水の中に光を仕込む。」もしくは「光を入れずに周辺の景色を映しこむか。」つまり、水の上で光を魅せていくか、水の中を魅せていくか?この2つしかないと思っているんですが、水床は那智黒っていうのですが、今回黒っぽいものばかりなんですね。これはインテリアデザインから派生しているんですけど、要は黒いものばかりでは光をまともに受けてくれるものがない、しかも10センチの水深では映しこむしかない!ということになるんですが、実は映しこむと見せたくないところまで全部映っちゃうという問題もでてきます。そういうものへの「配慮」も我々の中で工夫していきます。
(資料13)
(資料14)
(資料13、14)ここで我々が何を「配慮」したかというと、仕込んだ間接照明の器具が水に映らない状態で、かつ、立ち上がり面を照らせるというようなディテールなどを書いて、細かく建築側にお願いをしています。それからここには階段もあって段差があるんですが、『階段に光が移行していくところの継ぎ目がうまくいっているか、レベルがあってないと非常に不細工なことになるぞ!』ということで我々もチェックをします。我々は照明の立場から建築さんあるいはインテリアさんに対して「ここって大丈夫ですか?」みたいなことを同時に行っていきますが、完成度を高めるという意味ではあらゆる立場で様々お互いに確認する事が重要かなと思っています。
(資料15)
これはL型になっている石の階段なんですけど(資料15)、ここは段差、隙間が50、奥行きも50しかない。通常ですともう現場の電気屋さんにも「これじゃとりつけできません!」と言われちゃうところなんですが、ここに溶融亜鉛メッキのスチールプレートをL型に入れてもらって、それにマグネットでつけて内側に向けて光を出す。「床面はJバーナー仕上にしてくださいね」とか、「この角っこをちゃんとやってないと、ここの出た光に影が出てしまうということがあるので、ここの角はこうしてください!」と現場の施工者さんにもお願いをしています。やりとりする中では「無理だよ!」っていうようなことも起こって、「階段のみ40じゃなくて30で施工してください」とか、我々の提案に対しても、非常にタイトな数値がまた返ってくる。・・・など。こんな30とか50とかいうところの納まりが今回のプロジェクトではかなり多かったです。
5.最終コンセプト
(資料16)
(資料17)
(資料18)
(資料19)
(資料20)
契約をしたのちに、我々の方で最終コンセプトを作りました。これは「人肌の光」。お酒は「人肌の燗」という言い方をよくしますけど、そう言った人肌。当然、過激ではなく、別府は昔ながらの湯治場ですからリラックスできる、写真イメージの様なこういう空間をつくっていきたいということのご提案をしています。特徴的なのは下界景観に湯煙があがる非日常感、自然を感じられるということ。素材としては地元の石に別府石という石があるんですけども、正面の壁の石にはその別府石を使っています。(資料16〜20)
(資料21)
このように我々が提案をしたのち、インテリアデザイン、橋本デザイン事務所から出てきたパースがこれなんですけど、(資料21)テーマは『フォレスト』ということで、もともと本当にあった柱があるんですが、それに加えてこういう黒い柱を入れることで森の中を歩くようなイメージ、『フォレスト』というイメージが作られてまいりました。
(取材/文 渡辺いさ子)
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