人と人との関係つながりを生み出すもの
vol.9奥村 文絵 Fumie Okumura | フードディレクター
Q1:間接照明は好きですか?
子どもの頃、家の台所に食卓がありました。いわゆるダイニングキッチンで、蛍光灯のシーリングライトの横に白熱灯のペンダントが下がっていました。ある日、蛍光灯が切れて、ペンダントの灯りだけで食事をすることになったときに、いつもの食卓に並んでいる食事がすごく美味しそうに見えたことをよく憶えています。お母さんもいつもより美人に見えたような(笑)。なんでだろうと考えてみたら、「そういえば、まるでレストランにいるみたいだな」と。それが私と間接照明の出会いです。有史以来、人の食べるところには灯りとしての火もあったし、調理道具としての火もありました。蛍光灯の光よりも白熱灯の光、もっと言えば間接照明の光は、美味しさの記憶を呼び起こすとともに、生きるために食べるという本能を刺激するのかもしれませんね。
Q2:今まで、一番美しい、かっこいい、感動を覚えた間接照明は何ですか?
私の部屋の灯りです。食べ物に興味を持ち始めた私は、中学生くらいから料理を始めました。時々、友達を一人招いて自分の部屋にシェフズテーブルを作って遊ぶようになったんです。蛍光灯が雑多な台所を照らす食卓では雰囲気が出ない。それなら自分の部屋をレストランにしちゃおうと、その度に模様替えをして、部屋の真ん中に庭のガーデンセットを持ち込み、テーブルクロスをかけて花を飾り、見よう見まねでテーブルセッティングをして友達を招待して楽しんでいました。一人で作って運んで、一緒に食べて、また次という具合なので、デザートの頃には周りはすっかり暗くなっているんですが、自分の部屋の蛍光灯は使わず、居間に置いてあったスタンドを持ってきて点ける、その灯りが大好きでした。印象に残っているのは、友達との関係が変わったこと。いつもは学校でわいわいしゃべっているけれど、ここではお互いの本当の気持ちを話すことが出来て、陽が暮れていくほどに関係が深まっていくんです。食べることが真ん中にあると、人と人の関係が変わっていく。この体験がフードディレクションの素地になりました。
写真提供:Foodelco inc.
奥村さんの子供の頃からの愛読書
Q3:間接照明の肝、または苦々しい思い出を教えてください。
いつも難しさを感じるのは、デパ地下のショウケースの照明計画です。というのは、フロア全体の環境照明もあれば、周囲には他のテナントの照明もあって、光の情報量が多すぎて影響を受けてしまうから。それでも売り場としてひとつの世界観を作らなくてはなりません。本当はもっと周囲を暗くしたいけれどそういう訳にもいかないし、照明と商品の距離を十分に取ることも難しい。上からの照明が効きすぎても美しく見えません。サイドや後ろからいかに陰影を出しつつ、きれいに見せられるか。ショウケースの照明計画には正解がなくて、やってみないとわからない。毎回、担当してくださるデザイナーとともに苦労と挑戦の連続です。
榮太樓總本鋪 玉川高島屋S・C店
撮影:Nacása & Partners inc.
Q4:これまで手がけた作品と照明計画のポイントを教えてください。
イタリアンレストラン「CUCINA DI SORACI il cielo(イル チエロ)」は、北海道滝川市の築120年の老舗ホテル内の食堂をリノベーションしたプロジェクトです。滝川では、2007年から年に一度、国内外のデザイナー達が集い、地元の人たちと交流しながら、数日間を共に過ごすデザイン会議が開かれています。中心となっているのは、この町出身で、世界的なグラフックデザイナーから彫刻家に転身した五十嵐威暢さんです。彼はアートやデザインを手がかりに滝川を元気にしたいと、地元のランドマークであるこのホテル内に、美味しいレストランを作るプロジェクトを立ち上げ、私に声をかけてくださいました。インテリアデザインは建築家の飯田善彦さんで、利用する人がほとんど居なかった寂しい空間が、居心地のよい洗練された食空間に生まれ変わりました。一歩足を踏み入れると、フローリングの清々しいアプローチがあり、足元には間接照明から放たれる光の道が、訪れる人を店の中へとゆるやかに導きます。わずか十数歩程のアプローチなのですが、歩いて進むうちに「美味しい食事が待っている」という高揚感が沸き上がってくる、まるで花道そのものです。間接照明が生み出す陰影が、音楽や詩や美味しい料理のように、心を揺り動かすのです。それから、2008年に照明デザイナーの東海林弘靖さんと一緒に、光と食をテーマにしたインスタレーションを行ったことも印象的です。インテリアのプロと企業をつなぐ国際展示会「IPEC(2008)」で、「美味しい光」をテーマにした展示会を行いました。打合せの最中に、みんなでカーペットやタイルなどのインテリアエレメントを触っていたら、ある瞬間からそれらがケーキや卵に見えてきたんです。そこで私が見立ての料理を作り、それを東海林さんがライティングすることになりました。実際に会場でライティングが決まった途端、プラスティックのタイルがツヤツヤのお米に見えてきて、それはもう美味しそうで(笑)。人は未知の食材に出会っても「美味しそう」とは認識しないと聞きます。自分の舌の記憶と視覚情報がどこかで重なることで、初めてゴクリと唾が出る。東海林さんの灯りは、誰もが持つ美味しさの記憶に入り込み、「美味しそう」と思わせる感性を刺激してみせた。光の力を感じたインスタレーションでした。
CUCINA DI SORACI il cielo
撮影:酒井広司
奥村食堂
撮影:佐藤克秋
奥村食堂
撮影:佐藤克秋
Q5:今後の夢を教えてください。
最近、東京から京都に移り住みました。以前から、もっと日本の食文化に深く関わりたいと考えていたのですが、結婚をきっかけに京都にご縁ができたためです。実際に住んでみたら、町中に日本文化が息づいていて、毎日が楽しい発見に満ちています。移住の目的はもうひとつあって、秋に職人の手仕事をテーマにしたギャラリーを開く準備をしています。漆器や焼き物など、日日の暮らしを豊かにするような、美しく優れた道具が中心です。作る人と使う人をつなぐ場所として共に成長していきたいですし、小さな茶房も併設しますので、実際に使ってみていただきたい。特にお茶については、茶園農家と協働しながら、新しいお茶の世界を拓くアイディアを実現させたいとワクワクしています。京都は日本を愛する外国人や海外からの観光客も多く、世界に向けた発信地としてもふさわしい。御所の近くの築80年近い京町屋をリノベーションする予定ですが、日本らしい光の感覚もうまく表現できたらいいですね。
Q6:あなたにとって、間接照明とは
私は演劇に明け暮れた学生時代を送りました。舞台でスポットライトを浴びると、その瞬間から登場人物の人生の歯車が動き始める、その高揚感は何にも代え難いものです。フードディレクターという仕事を通じて常々感じるのは、料理と演劇、建築の3つは本当に似ているということ。素材があり、レシピがあり、食卓がある。それを役者と脚本と舞台と言い換えてもいい。建築も一緒です。建材があり、設計図があり、空間が生まれる。いずれもはっきりとした目的を持ち、手法を磨くことで、心を動かすものになります。ジャンルは変われど、本質的にはずっと同じことに挑戦し続けているんだと、最近気づきました。私にとって間接照明とは、人と人との関係、つながりを生み出すもの。これからも、人と人をつなげる食べる場を「美味しい光」で照らしていきたいですね。
interview 日本間接照明研究所
writing 阿部博子
Profile
略歴 | 1994年 早稲田大学 卒業 1998年 東京デザインセンター勤務を経て、 フードコーディネーターのアシスタントとなる 2000年 フリーランスとして独立 食にまつわるプロジェクトに企画から携わることを目指し、 飲食業の店舗ディレクションや地域の特産物の商品化などを手掛ける 2008年 Foodelco inc.(フーデリコ)設立 食べる人とつくる人をつなぐ食のディレクターとして、商品開発から、 ブランディングまで、食に関わるプロジェクトを幅広く手掛ける 2015年 京都に日本の食と手仕事のギャラリーを開くべく準備中 |
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主なプロジェクト | 2012年 「テマヒマ展<東北の食と住>」(21_21 DESIGN SIGHT開催)に企画協力 2014年 「コメ展」(21_21 DESIGN SIGHT開催)に企画協力 |
主な仕事、受賞 | 「榮太樓總本鋪」デザインディレクション、「800 for eats」ブランドディレクション、山形県飽海郡遊佐町の地域特産物開発など。2008年、「彦太郎糯」(山形県飽海郡遊佐町)のパッケージでグッドデザイン賞受賞。 |
著書 | 「地域の『おいしい』をつくるフードディレクションという仕事」(青幻舎) |
Foodelco inc. : | www.foodelco.com |