あらゆる距離感や素材を惑わす

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vol.5中込 育子 Ikuko Nakagome | インテリアデザイナー

Q1:間接照明は好きですか?

嫌いな人はいないんじゃないですか。間接照明って、圧倒的にやわらかさがあるし、気持ちも穏やかになる。不用意な刺激を与えないところがいい。ひねくれた言い方になるかもしれませんが、「直接照明」「間接照明」と分けて考えなくとも、「灯り」と捉えればいいのではないでしょうか。私にとっては、とても自然にあるもので、空気に近い存在なのかもしれません。

間接照明

Q2:今まで、一番美しい、かっこいい、感動を覚えた間接照明は何ですか?

圧倒的に自然の光ですね。「一番を」と言われると余りにたくさんありすぎて、悩んでしまいますね…。何かにつけて思い出す心に残るシーン、それは、デンマークで見た満月の光景です。私は高校時代に交換留学生の試験を受けて、1年間アメリカの高校に留学していました。留学先は、ミシガン州のグランドラピッズの北にある田舎町。私はそこで、デンマークからやってきた女の子と親友になったのです。以来ずっと交流が続いているんです。2004年頃、私は休暇をとり、その親友の家に2週間程滞在していました。滞在中にずっと憧れていたコペンハーゲンのルイジアナ美術館にいった時のこと。車で家に帰る途中、外を見ると、まわりがキラキラと輝き、鈍いけれどいい灯りで満たされていることに気がつきました。辺りは街灯一つない草原のような真っ平らな畑。ふと空を見上げると、とても大きな満月が周囲を照らしていたのです。おそらく、数年ぶりに親友に会い、あこがれの美術館に行って、ものすごく心が満たされている時に、日本では体験できない風景の中で見たというシチュエーションがあったから、あれほどまでに感動したのだと思います。それから夜明けの光も大好き。刻々とじわじわ明るくなってくる、 ものすごくやわらかくて神聖な光は素敵ですね。自宅でも仕事で滞在したホテルでも、 この光を感じたくてカーテンを開けていることが多いです。

感動を覚えた間接照明
感動を覚えた間接照明

Q3:間接照明の肝、または苦々しい思い出を教えてください。

これまで国内外で、オフィスを中心にインテリアデザインをしてきました。お客様のニーズに合わせて、ショールームや邸宅のデザインも数多く手がけています。間接照明の計画における苦労は枚挙にいとまがありません(笑)以前、とあるオフィスのインテリアデザインの依頼を受けた時のこと。重要なお客様を迎える応接室の照明計画にあたり、視界にぎらぎらとした光があたらないように、グレアレスの器具を選んだのです。施工が終わり、照度計で計測するとちゃんと必要な照度が出ていて、暗くないと判断しました。ところがふっと上をみるとダウンライトがついていないような感覚を受けると指摘されたのです。照度は保たれていたとしても、見た人によっては、「ダウンライトがついていない=暗い」と心理的に思わせてしまうということに気づかされました。「空間照度=明るさ感」をお客様にはなかなか理解してもらうのが難しいもの。機械で計る照度以上に、人間の目は精巧に出来ているのだと実感。それ以来、体感的な明るさというものはどんなものかをお客様にきちんと説明するようにしています。

中込 育子

Q4:これまで手がけた作品と照明計画のポイントを教えてください。

「日本橋アステラス三井ビル」は、東京・日本橋にあるオフィスビルです。ビルの入口とパブリックスペースであるロビーに特色を出したいという依頼を受け、弊社はこのエリアのインテリアデザインを手がけました。デザインテーマは、「江戸の裏勝り」です。シックで渋い紬や縞の着物を来ているけれども、裏地やすそ回しなどに非常に鮮やかで物語性のある生地を使うのが、江戸っ子の「裏勝り」というおしゃれであり、粋。それを空間で表現しようと、約30mの壁面に鮮やかな色の文様を描き、手前にランダムな間隔のルーバーを設けて、間接照明によって壁面だけを照らしています。エントランスが煌々と明るい必要はないと考え、天井面は白くして一切照明をつけずに壁面の間接照明だけで壁面を照らして、グラデーションが美しい、櫛引きで描いた江戸縞の裏勝りが空間に明るさと彩りを与えるように計画しました。 「金沢東急ホテル」は、地元の人々に愛され、社交の場ともなっているホテルです。3月14日の北陸新幹線開業に伴い、金沢も活況を呈しているなか、観光客と地元の人達をおもてなしする空間を目指して改装、クレードアップされました。金沢は日本文化の一翼を担う加賀藩の地として、「奥の深い文化」を脈々と受け継いできた土地です。それを直接的ではなく空間全体の雰囲気から感じてもらうようにデザインを展開しました。ポイントになったのは、艶やかで上質なデザインエレメントの「金」。金箔の一大生産地でもある金沢に縁が深い金を用い、それを引き立たせる赤や黒の色合いや様々な素材とかたちによって、金沢文化の優雅さを感じさせる和のテイストに仕上げました。フロントカウンターの造作など、伝統技術にも裏打ちされた上質なエレメントが、間接光をベースとした光環境にあって、奥底から浮かび上がって、夫々の美しさを競いあうような空間を創り上げました。

金沢東急ホテル

金沢東急ホテル
撮影:Nacása & Partners inc.

Q5:今後の夢を教えてください。

弊社は組織設計事務所なので、お客様が求めることにいかようにも応えられる体制を整えています。押しつけのデザインはしたくないし、それはデザインだとは思っていません。私達が手がけた空間で、会話やコミュニケーションが生まれ、空間や物を媒介にして新しい関係が生まれる。そういう環境や社会をつくっていきたいですね。そして、そういう考え方を共有できる施工会社の方たちや職人さんと一緒に、よりよい空間づくりを行いたい。前向きなパワーって、やはり出来上がったものに反映されるんです。ですから、私たちも、職人さんたちが、作りながら「どんなものが出来上がるんだろう」とわくわくしてもらえるようなデザインを生み出していかなければいけませんね。

中込 育子

Q6:あなたにとって、間接照明とは

「惑い」というのが、間接照明のひとつのキーワードではないかと思います。間接照明で照らされている場所は、実際どのくらいの高さなのか、素材は何なのか、計ってみたり、触ってみないとわかりません。あらゆる距離感や素材を惑わすのが、間接照明の力なのではないでしょうか。それが人を魅惑するのでしょうね。そうした、光を受ける媒介となるものを選択して惑いをコントロールするのがインテリアデザイナーの役目なのだと思います。私が手がけるオフィスの場合は、ワーキングスペースは直接照明が主流でした。しかし、多様性をもった働き方が求められる現代においては、ベース照明として非常にやわらかな空間が出来上がっていて、そこに個人の働き方にあった照明をカスタマイズしていくべき。LEDの革新によってイノベーションが起こり、コントロール制御も進んできているから、ワーキングスペースでの間接照明化も可能になってきています。「惑い」をうまくコントロールしながら、快適なオフィス空間を提供していきたいですね。

interview 日本間接照明研究所
writing 阿部博子

Profile

中込 育子
略歴 1973年 武蔵野美術大学 造形学部 産業デザイン科 工芸工業デザイン専攻 卒業 1973年 鹿島建設株式会社 建築設計本部 インテリアデザイン部 1986年 Kajima International Inc. Design Division 1994年 株式会社イリア 現在、同社 常務執行役員
資格・ 社外活動 一級建築士 照明学会会員、照明コンサルタント 照明学会:照明フォーラム委員 照明学会:日本照明賞 選考委員
主な受賞 1976年 東ベルリン世界貿易センター、1983年 大和生命本社、1986年 三井銀行New York支店、1987年 住友商事アメリカ・New York本社、1989年 三井銀行London支店,Frankfurt支店,Bombay支店、1992年 宇部興産東京本社、1996年 Gran Park博報堂、1999年 LG Kangnam Tower, Seoul、2005年 LG Twin Tower, Beijing、2007年 富士フイルム・富士ゼロックス、2009年 MIKIMOTO Las Vegas、2011年 三菱UFJモルガン・スタンレー証券、2013年 キリングループ本社
株式会社イリア : www.ilya.co.jp

 

 

 

 

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